持たざるもの

傍からみればどちらもその観念を持っていないないかのように見える。実際接してみれば殆ど同じなのかもしれない。けれども両者の間には大きな違いがある。それは、年齢、生まれた順番、生育環境には因るものではない。厳密にいえば、そこにも発端の一部はある。
初めは持っていたのだが、それに絶望し、持たなくなった者。もう二度と信じないとそこから逃げ出した者。
または、初めからそれそのものを知らないもの。それは、誰もが教えなかったからなのか、獲得しえなかったからなのかはわからない。何故なら、今どうしてその世界観を獲得しえたのかを知らないから。どうすれば教えられるのか、教えて身に付くものなのかどうか。
前者は知っている。多くの者達が、その幻想を共有していると。けれど後者は知らない。それは幻に過ぎない。
それが現実かどうか定めるべき能力を、自分は知らない。そして、定めた時、どうすればよいのかも。